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長崎地方裁判所 昭和43年(ワ)620号 判決 1969年2月21日

原告 劉美慶

被告 長崎中央信用組合

主文

被告は原告に対し金一四〇〇万円および内金三〇〇万円に対する昭和四二年三月二七日から、内金五〇〇万円に対する同年同月三〇日から、内金一〇〇万円に対する同年四月一一日から、内金三〇〇万円に対する同年同月一四日から、内金一〇〇万円に対する同年五月四日から、内金一〇〇万円に対する同年六月六日から各完済までそれぞれ年四分一厘の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は被告に対し、次のとおり、無記名又は架空人岸太郎名義で定期預金をなした。

表<省略>

二、よつて、原告は被告に対し右各預金合計金一、四〇〇万円およびこれに対する各預金した日から各完済までそれぞれ年四分一厘の割合による金員(預金した日から満期までは利息、その翌日以降は遅延損害金)の支払を求める。

と述べ、

被告の抗弁事実に対する答弁として、被告主張のとおり訴外長崎県知事より被告に対し業務停止命令がなされたことは認める。

と述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、請求原因一の事実は知らない。本件定期預金は無記名であるので真の預金者の確認ができない、と述べ、

抗弁として、仮に、原告がその主張のとおり本件各定期預金をしたとしても、被告は昭和四二年一二月二三日長崎県知事より預金の払戻し停止などの業務停止命令を受けているので、原告の本訴請求には応じられない、と述べた。

証拠<省略>

理由

一、成立に争いのない甲第一ないし第七号証および原告本人尋問の結果によると、原告が被告に対し請求原因一記載の各定期預金をなした事実が認められる。

二、ところで、被告は、昭和四二年一二月二三日、長崎県知事より預金払戻し停止などの業務停止命令を受けているので、本訴請求に応ずることができない旨主張するので、この点につき判断する。

被告が昭和四二年一二月二三日、訴外長崎県知事より預金払戻し停止などの業務停止命令を受けたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二号証によると、長崎県知事の右業務停止命令は、その期間を定めず昭和四二年一二月二三日午後一時以降における新規預金の受入れ、新規貸出、新規債務保証および預金払戻しの停止を命ずるものである。

そこで、右業務停止命令の効力について検討するに、被告は中小企業等協同組合法に基き設立された、長崎県内の区域を地区とする信用協同組合であつて、金融事業を営むものであることは同法第三条、第六条、弁論の全趣旨およびこれにより真正に成立したものと認められる乙第一号証第四条により明らかであるところ、「協同組合による金融事業に関する法律」(昭和二四年法一八三号)第六条、第七条によると、本件の所管行政庁である県知事は同法において準用する銀行法第二二条により信用協同組合に対しその業務および財産の状況により必要と認めるときは、その業務の停止その他必要なる命令をなしうるものとなつている。しかして、長崎県知事が被告に対してなした前記の業務停止の命令は、同条に基きなした知事の行政上の下命(禁止)である。

ところで、県知事の右業務停止命令は信用協同組合の業務の公共的性格から預金者の保護すなわち信用協同組合の業務および財産の状況が不良となつたにも拘らず、これを知らないで新たに信用協同組合に預金などをしようとする者を保護するとともに、右のような状態になつた信用協同組合が、さらに放漫な貸出しを続けることによつて、その資産状態を現状以上に悪化することを防止し、もつて預金者を保護しようとすることを目的とするものであり、しかも、いわゆる支払猶予令のように法令そのものによつて、一定の期間を限つて支払を猶予するのと異なり、単なる行政庁の命令によつて、期間をも定めずになされるものである。

右のような業務停止命令の性格、目的から考えるとき、本件被告に対する業務停止命令の内容の一部とされている預金の払戻しの停止が、信用協同組合の解散およびその場合における清算等を想定し、清算過程における預金者に対する公平な分配という衡平理念に基くものであるとしても、行政庁の預金払戻し停止の命令は、単に債務者たる信用協同組合が債権者たる預金者に対し任意に支払うことを停止する効力を有するにすぎないものというべきであつて、既に弁済期の到来した定期預金の預金者が権利の行使として、右預金の払戻しを求めて訴を提起したり、判決等の債務名義に基く強制執行により預金の払戻しの履行を受けることまで停止する効力を有するものではないと解すべきである。けだし、財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律でこれを定めると規定する憲法第二九条第二項、および国会中心主義をとる憲法の趣旨からいつて、銀行法第二二条が、具体的、明示的な規定をなすことなく、また同法第二四条による営業免許の取消をなすかどうかを決定するために合理的に必要な期間を限ることもなく、判決による公権的判断に基づく預金者の既存の権利の実現まで停止するという重大な制限を加える権限を行政庁に授与したとは到底解することができないからである。なお、「協同組合による金融事業に関する法律」第九条第四号によると、行政庁の業務停止命令違反に対しては過料の制裁が科せられることになつているが、右の如き裁判又は強制執行に基き支払がなされる場合には業務停止命令違反として処罰されることもないものと解する。

そうだとすれば、被告は行政庁たる長崎県知事より預金払戻し停止の業務停止命令を受けたことをもつて原告の本訴請求を拒否する正当な理由とすることはできない。

よつて、被告の抗弁は理由がない。

三、以上の次第であるから、原告の本訴請求は正当であるのでこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原政俊 池田憲義 小林昇一)

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